屋久島ついでに種子島、ではなかったと思うが、午後の中種子ミッションはボクの意向

ついでにミッション

お昼はベトナム特性のホ(米製麺)

お昼はベトナム特性のホ(米製麺)

黙想会というわけでもなく、主任司祭の「何かお話でも…」の誘いに二つ返事で応じたものの、「で、神父さんは?」「いや、いますよ」「じゃ、ボクはいなくても…」「いや、お願いします。」ということで、高速船で9時5分着のボクを待っていてくれたのは、主任司祭と数名の信者と5人のシスター。初聖体を済ましたミウちゃんが真新しいベトナム製の侍者服に身を包み慎ましやかに奉仕した。少し大人びた感じのタケル君と弟のマー君は終始静かで模範的。大人8人中1人のご婦人は求道者、もう1人の男性は「見学です。」聞くと、お隣のシスターたちの保育園の卒園生。35才とか。お茶に招かれたが遠慮したらしい。「また来る」そうなので次回の訪問か楽しみ。若い人の心を引いたものはなんだったのか。いろいろ聞きたいところだが、5人のシスターたちが共同体と一体となっているのできっと仲間になってくれるに違いない。それにしても、今日の第1朗読(エゼキエル34.11-12,13-17)が目の前で実現していることに驚いた。「私が探し出し、世話をする。私が養い、憩わせる。…」

ほろ苦くも懐かしい

ほろ苦い思い出もある懐かしい聖堂

ほろ苦い思い出もある懐かしい聖堂

それとは対照的に、中種子のミサは親子2人に同行のシスター2人。しかし、アカペラでも全曲歌唱ミサ。かつては、子供8人の大家族がいたり、車椅子の元潜水夫がいたり、転勤家族がいたりと賑やかな共同体だった。懐かしさは尽きないが今は昔。実は、この中種子教会、司祭になって初めて手がけたもの。もっとも、前任司祭が手はずを整え、ボクがゴーサインを出しただけの話なのだが。ほろ苦い思い出が蘇った。「最後の支払いは台所の換気扇が付いた時でいい。」教会の知恵者?の提案に従って正直に伝えた。正確なセリフは忘れたが、「アンタラカトリックは…!」みたいな大奮激を買ったことを忘れない。その後、間も無くその会社が破産したと聞いて胸が痛んだ。でも、やっぱり懐かしい。

ミサ説教音声

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