諸宗教懇和会役員会と世界を駆け回る元理事長の講演

思いがけない招待

「常不軽菩薩(じょうふきょうぼさつ)の精神」-誰もが菩薩になれるという精神-にもっとも反している宗教がカトリック。「カトリックによらなければ天国には入れない」ことになったら、他の宗教を信じる人は地獄へ行くしかなくなってしまう。そんな馬鹿な話があるかと3年もの間カトリック批判を繰り返していた昭和40年3月。立正佼成会開祖庭野日敬(にっきょう)師のもとに、第二バチカン公会議(1962.10-1965)事務局から特別ゲストとしての招待状が届いた。「詰問するつもりかもしれない」と案じられたが、出席したことでその後のカトリック観がおおきく変わることになった。(以上配付の資料より)。

世界人酒井教雄師

2代目庭野日鑛師の書

2代目庭野日鑛師の書

講師とは初対面であったが、さすがに世界を駆け回る宗教家だけあって丁寧で穏やか。名刺には「世界宗教者平和会議国際トラスティー」とあって、平和のために活動する人たちの財政支援をするお仕事だということだった。講演のテーマは「庭野日敬の宗教協力の理念」~庭野日敬の宗教協力に対する考え、行動の中からその原点に触れる~。開祖の直弟子だけあって生の教えが聞けたことは貴重だった。中でも、「経典の教えの生活化を図る」という言い方は初めて耳にした。「福音を生活に生かす」というよりも「福音の生活化」がいい。「福音化」などと抽象的なことしか言えないカトリックはマケタ,と思った。いつか、そっと盗用してみよう。ところで、開祖は公会議でパウロ6世の告白を聞いて感動し、「宗教はみんな協力できる」ことを確信されたという。告白とは、「宗教者はお互いの協力によってこの世界に平和をもたらす役割をになう者であり、それをなしえなかったのは歴代の教皇の過ちであった。」こうしたことが引き金となって、みんなで平和のために協力しようという「世界宗教者平和会議」が京都で誕生することになった。これも、生活化の具体例だという。なるほど、数ある経典の中から法華教という一つの経典に絞った宗教だけあって、教えを生活に生かすことが最大の眼目。そういえば、ヤコブの手紙にもある。「行いが伴わないなら、信仰はそれだけでは死んだものです」(2・17)。

 

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