サコンナコン初日
8:30起床。いつまでも起きてこないのでみんな心配したらしい。「ミサ?」「先ず食べよう。」ということで久しぶりの果物満載の朝食。おじやも絶品。
ミサの後で、ワット神父さんは今夜のパーティーのための買出しへ。お気に入りの塀の上の小屋へ。「ここは地の果てサコンナコン」と言えば怒るだろうか。動画で紹介したベッドに身を横たえ、収穫の終わった荒地のような田園に目をやるといかにも悠長に草を食む水牛の姿に心が和み、すぐ下の草むらでは鶏の親子が三組もせわしなく餌とりに夢中。野放しで子連れの鶏。子供の頃の原風景だ。遠くからは村のどこかで流しているらしいタイ民謡が時折風に乗って流れてくる。あまりにも平和でつい昨日までのマニラで見た殺伐とした状況が蘇る。
「このすさまじい現実」とインちゃんが思わず口にしたほど、とくにマニラ初体験の若い人たちには衝撃の度合いが大きすぎたに違いない。そういうボクだって、わずか十五分のうちに4組もの路上子育ての現実を見せ付けられたショックは言葉にならない。
死んだように眠る母親の周りで所在無げに座る三名の子供たちはどうみても就学前。壁につかみ立ちしている二人の幼子は双子?合計5人!しかし、どこかの国の飢餓に苦しむ子供たちと違って普通の身持ちなのがせめてもの慰め。しばらく行くと今度はリヤカーの中で授乳中の母親が。もう見たくないと足を速めた先にこれでもかと言わんばかりにむごい現実が二つも。今度はさすがに教会の現実に疑問を感じた。政府が腰を上げるべきだがこれは望むべくもないとすれば80%もの人口を擁する教会が手を伸べるべきではないか。ホームレスの人全てとなると大変かもしれないがせめて屋根のもとで子育てできるようにみんなでなんとかできないものか。人間の尊厳のために!しかし、26年前のマニラは今以上に貧しかったと思うが7ヶ月いても路上子育ては見たことがなかった。貧富の格差は当時よりもひどくなったのかもしれない。
タイの中でも一番貧しいと言われるここ東北地方でも確かに貧しい家は多いが、いわゆるスラムはない。アジアンユースデーの会場となった高地の涼しいタガイタイへの道のりにもおびただしいスラムがあった。マニラへの飛行機の中で隣り合わせたアメリカ国籍のフィリピン人は貧しい母国に愛想を尽かし高校卒業と同時に米海軍に志願して国を出たという。政治家に対する不信の深さはハンパじゃなかった。アキノ前大統領の死去後マニラの空気はかつてのピープルパワーを思わせるような盛り上がりだと聞いたが、彼はまったくさめていた。最後までまったく希望的な言葉が聞けなかった彼の顔に唯一小さな笑顔を見たのは別れ際の挨拶の時だけだった。
800万もの人々が海外へ出稼ぎに出ている異常さにしてもこの国の闇の深さを感じた。にもかかわらずあの明るさは一体なんだろうと思わざるを得ない。その答えを見たように思ったのが空港まで迎えに来てくれたティノ神父さんのミサでの説教だった。「今日もさまざまな困難に直面するでしょうが、何事にも負けない言葉と知恵を約束される主に信頼して失望することなく前進しましょう」(ルカ21.12-19)。当日のみ言葉を引用しながら信徒を励ました。なるほどミサが希望の源なのかもしれない。それにしても、現実の社会の惨状は目に余る。それに引き換え、この貧しいタイの田舎ののどかさは何なんだろう。皇室の写真が各家庭に飾られているほどに皇室への思いは深い。フィリピンとは違う平安の基を手にしているのかもしれない。
もうすぐチャ神父さんやシャー神父さん、それにトクちゃん家族が参集して一大晩餐会が始まる。ワット神父さんの家族が準備に大童。大家族の長として一族のまとめ役が彼だ。みんな貧しいがみんな素朴で正直で淡白。気を使わないボクのもう一つの癒しの場に祝福あれ。29日(日)記。
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