ユネスコ初体験
昨日今日と、九州ブロック・ユネスコ活動研究会。九州各地のユネスコ協会の合同研修大会。大会テーマは「つなげよう平和の心」。
教区にとっては、8月15日のザビエル祭で“平和の鐘を鳴らそう”でおなじみだが、研究会参加は初めて。会長さんが、ミサにも参列されたり誠心誠意関わってくださるので、形ばかりというわけにもいかず2日間しっかり参加した。もっとも、昨晩の懇親会は失礼したが。
磯の尚古集成館館長さんの講演は興味深かった。テーマは「鹿児島の歴史と九州・山口の近代化産業遺産群」。日本の近代化は九州とくに鹿児島から始まったと説かれたが、素直に、「素晴らしい!」あの時代、つまり、1800年代に現在の磯庭園には溶鉱炉があり、大砲も作ったという工場群があったのだから・・・。
誇らしい感じもしたが、「その背景には、1609年琉球・奄美併合にともなう黒糖専売による搾取で得た富があったからできたのではないか」というフロアからの指摘に現実に引き戻された。講師も快く認めたうえで今後に生かしたいと釈明。閉鎖的な薩摩でなく、進取の気性に富んだ殿様に恵まれたことは確かだ。とくに島津重豪(しげひで)はオランダ語も話したといわれる。
2日目の今日は「世界遺産から平和問題を考える―青年に期待するもの―」。講師は日本ユネスコ協会連盟理事長。パリのユネスコ本部や北京で要職を歴任された国際人。ユネスコとは国際連合教育科学文化機関UNESCO(United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization)のことで1945年ロンドンで創設されたが本部はパリ。「広い範囲を扱い、専門のない専門機関」という説明も頷けた。
日本では1947年東北仙台で始まった。1972年に世界遺産条約なるものが発効し、「たぐいまれな遺産に対する国際理解を深め、もって世界平和に資する」ことを目指している。初めて知るようなことばかりだったが、ベトレヘムの主の御降誕教会を、世界遺産登録に向けて申請したのがイスラム教徒のパレスチナだったというのは興味深かった。今年、満場一致で承認されたという。我田引水だが、まさに、中東版諸宗教懇和会だ。副題の、-青年に期待…-は最後に一言で残念。
お隣都城市にある聖ドミニコ学園生たちの震災地ボランティア報告はパワーポイントを駆使した力作。周到な準備と練習の後がうかがえたが、単なる発表ではなく、聞くものをして現場にいるかのような臨場感に浸らせる生々しいもので心の叫びにも聞こえて感動。多くの参加者の心を揺さぶった。*ミサ説教音声
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