50年目の春は・・・
3月1日母校の第62回卒業式参列。12期生の我々にとっては50年目に当たる。いつの頃からかそんな節目の卒業生を招待することになったらしい。
約四分の一にあたる90数名が出席。集合時間9:30。まるで当時の登校日の気分だ。集合時間にはまだ間があるというのに控え室はもうたくさんの仲間でにぎわっていた。仲間との出会いは驚きの連続。「エーッ、ィヤードゥアティナー!?(君だったとは!)」幼馴染を判別できなかったのだから50年「半世紀」の長さを実感。
校門をくぐるのも50年ぶりなら、大きな体育館の正面に掛かった「和親、協同、自治、奉仕」という校訓を見るのもはじめてだ。そういえば、50年前の卒業式の記憶がまったくないのはどうしたことか。「灰色の青春。ボクのためにある言葉だ。」そんな自虐的なブルーな3年間だったから当たり前かもしれない。卒業生代表の答辞に多くの女子生徒がハンカチをぬらしていた。当時よりも100名ほど少ないとはいえ、253名は地方の高校としてまだまだ健在?2時間に及ぶ式典のフィナーレを飾ったのは90名の先輩たちによる「優勝歌」。厳粛な雰囲気が一気に和んだ。
式典後はバス二台に分譲してマングローブ公園散策へ。はじめてのグランドゴルフは誰もが遊び気分から次第に本気になっておかしかった。5:00海辺のホテル着。プールもあってまさにリゾート。夏はいいのかもしれない。クラスごとの記念撮影は本命の懇親会前のセレモニー。姿の見えない旧友の消息を尋ねて驚いた。すぐに5本の指に余る他界の数!
何よりも驚いたのは二人の信徒発見。「十年前に洗礼を受けました。毎週欠かさず行ってます!」「高校時代は確か・・・演劇部?」「そうです!」50年ぶりの再会、といっても会話を交わしたことは皆無で、文化祭の舞台で活躍する演劇部員の一人として認知していただけだったので、親しく話しかけてくる彼に戸惑いのような初対面のような、感慨ひとしお。こうして2人の会話は周りで飛び交う「ィヤ、ワン(君、ボク)」の声高の会話とは異質の”教会の会話”となったが、まったく違和感がなかったのは数人の信者の仲間がいたからに違いない。久しぶりの同窓会でもっとも心に残る出会いだった。エー、あなたも信者だったんですか?」こちらは奄美在住なだけに単純に「驚いた!」
ともあれ、東京や名古屋に用ができたときの楽しみが増えた。
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Re:50年目の春は・・・
3月2日には、同級生の内「旅がらす」の仲間22名が空を飛んで、喜界島教会を訪ねてくれました。わざわざ喜界島まで来ていただき嬉しかったです。午後から車4台に分乗して喜界島観光、夜は教会の近くで皆さんと楽しい分かち合いでした。
Re:50年目の春は・・・
22名も行ったとは!そちらに行くとは聞いていたが・・・。さぞ賑わったことでしょう。やっぱり、Sijo効果ですね。