日韓司教交流会
二回目となる金沢ははやはり寒い。しかし、白川郷ほどでないので助かる。もっとも、ホテルの中は冬知らずだが。さて、今年で19回目を数える日韓司教交流会の本番が始まった。
韓国側からの提案で、ヨハネ23世の回勅「地上の平和」50周年を記念して、平和について深めようということになった。両国の司教協議会会長の挨拶は、政治のレベルでは上手くいいっていないが、私たちはこうして交流を続けている。今後も、ますます理解を深め合って平和に貢献していきたいとの期待が述べられた。
まず、日本側からは、回勅「地上の平和」が発表された背景が述べられた。前にも書いたことがあるが、早とちりというか、理解不足というか、「地上の平和」がキューバ危機を回避するのに貢献したとの誤った情報を発信したので迷惑をかけた。自ら検証することもなく、放置していたのだが、今回、図らずも、同じことを聞くことになったので、遅ればせながら、できるだけ正確にはお伝えしたい。
地上の平和が発布されたのは1963年なので、キューバ危機はその前年の1962年。だから、地上の平和がキューバ危機を回避したという前に書いた主張には破綻がある。それはボクの間違い。そうではなく、その前の1961年、ヨハネ23世は、第一回非同盟諸国首脳会議あてに平和のメッセージを送った。ソビエト共産党の機関紙プラウダのインタビューにフルシチョフが答えた。「ヨハネ23世が世界の平和を望んでいる。私たちはそれを評価する。私は無神論者だから別に神裁きを恐れているわけではない。けれども、交渉する望みがあれば、それがどこから来たとしても歓迎する。」そして、1961年11月25日のヨハネ23世の誕生日にフルシチョフから祝電が届いた。
そんなこんなで、ついに、フルシチョフはキューバのミサイル基地解体をケネディーに通知。こうして。キューバに向かっていたソ連のミサイル艦はUーターン。まさに危機一髪の真相。こうした一連の働きの成果が、1983年の「地上の平和」となって世に真の平和を問うこととなった。
金沢と高山右近については次回。
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