歴史が動いた年
突然だが、1933年はどんな年だったのか。実は、明後日の7日は純心学園創立80周年のお祝い。記念ミサの説教を準備する中で、2013-80=1933ということで冒頭の好奇心が頭をもたげ、ウィキペディアで調べることに。
「日本、国際連盟脱退、世界の孤児になる」とあった。昭和8年のことだ。昭和8年と言えば、確か、奄美のカトリック排撃が始まった年ではなかったか?「カトリック奄美100年」誌を開くと間違いなかった。しかも、カナダのシスターたちが経営する大島高等女学校閉鎖が声高に叫ばれ、県から閉校認可が下りた年であることが分かった。結局、閉校を余儀なくされたわけだが、鹿児島で聖名女子高等学校として再開。のち現在の純心に引き継がれた。
で、1933年と言えば、奇しくも、長崎で純心学園が産声を上げた年だ。軍が力を増すにつれ、奄美では過酷なカトリック排撃を展開させ、戦争への無謀な歩みを着々と進めている一方で、長崎では学園創立という新しい風も吹いていたとは!まさに歴史が動いた年。
7日のミサの福音はマリア様のお告げの場面。“なれかし“は英語だとLet it be done (to me as you say.)。ビートルズのLet it beだ。その、マリア様の“なれかし“と創立者が残した学園の標語“マリア様いやなことは私がすすんで”とどんなふうにつなげることができるだろうか、と思案した結果、本題とは違う結末に。
ともあれ、己を無とされて、より確かなお方にすべてをゆだねたマリア様に倣うことを決断された創立者が日々の出来事の中で到達した創立者自身のなれかしが“マリア様…”の標語となって結実した、と言えるのではないか。
こうしたひっそりとした始まりは、写真の球根のよう。やがて、人々を喜ばせる白百合となって、世に燦然と輝く純心学徒に栄光あれ。
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