祈りは効くⅡ
ノベナの祈り。何回も聞きながら、しかも昨日書いたように、7年前の、かつての小教区報での韓国教会の記事でも取り上げていながら、
特別心が動くこともなかった。どこか遠い国の信心業で、特別のグループによって日本に導入された祈り、いわば他人事として受け流していた。しかし、今回は違った。
「どうして信者が増えるんですか?」と韓国の教会を羨ましがるような質問ばかりをしていた。それなりの答えを聞いても、心が動くほどの感動は覚えたことがない。そして、「韓国はすごいねー」と溜め息をつくことに変わりはなかった。
しかし「神様に新しい家族を捧げたい!」という呼びかけは、遠い昔、高校生の頃、宣教師たちによって新しい小教区が生まれた時のことを思い出させてくれた。そのときのモットーが「100名を神様に捧げる」だったのだ。具体的な数字は忘れたが、それに近い数字で出発したのだけは覚えている。今は天国に召された宣教師たちの輝く顔が蘇った。あの初々しい宣教への思いを言葉にすれば「神様に新しい家族を捧げよう!」になるのだと納得したのだった。
そして、福音宣教が会議から始まるのではなく、神様への麗しい思いというか「いいものをお捧げしたい」という子としての素朴な思いから始まるのではないかと思えてならない。福音宣教という言葉のせいにするわけではないが、固い響きにおされて?他の言葉を生み出せないでいたように思う。この壁を韓国の教会はとっくに乗り越えていたのだと気がついたとき、それはまさにショックだった。「韓国の教会は祈る教会」という評価はつとに有名だが、ここまで進化していたとは!
ボクにはこれがなかった!個人で、グループで、小教区で、この人!とめぼしをつけた人のために集中的に祈ることをしなかった。鹿児島教区の9.11を信者に期待したのだったが「先ずアンタだ!」喝を入れられたのはボクだったとは!
早速ノベナの祈りをネットで調べたらワクワクするようなタイトルの祈りと出会った。「決して見捨てられたことがないとして知られるノベナの祈り」というものだ。文語体の祈りだが個人的には口語体にして小さなカードにした。悲しみの聖母の日に。
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