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神の人と出会った日

作成者 admin投稿日 2009年11月11日 17時59分 最終変更日時 2009年11月11日 17時59分
シスターの本

「そのうち・・・」と手付かずのまま数週間机上で出番を待っていた●シリーズ福祉に生きる55江角ヤス。

今月、唯一遠出の予定のない今週初めようやく手が伸びた。純心聖母会初代院長として会の基礎を築いた故シスター江角ヤスの伝記。「女子教育に捧げた・・・」という見出しでなく「福祉に生きる」シリーズが気になっていたが、読み進むうちに納得。

修道会の創立者故早坂司教が始めた学園を文部省認可の学園として名実共にカトリック学校として出発にこぎつけたのが1936年(昭和11年)3月27日だという。学校も基礎が定まり大きな飛躍が期待された1945年8月9日全ては灰燼に帰した。

召命に至るまでの興味深いエピソードに時を忘れるほどだったが、原爆投下以降の記述は状況一変。はしばしば感涙するほど胸に迫るものだった。自らも被爆して身動きの取れないまさに修羅場のさなかにあってもてきぱきと陣頭指揮を取る姿はかつての武将を思わせるものがある。三ツ山の原爆ホームをはじめその他の施設が214名の殉難者に対する思いの深さによるものであることがはじめて良く分かった。そして、なるほど教育の人だけでなく、福祉の人であったことも。

何よりも信仰の人であったことは獅子奮迅の働きをされたときもそうだったが、特に晩年、癌との壮絶な戦いに見られる殉教者のごとき信仰は司祭の自分も思わず身が引き締まった。あんなふうな最後を迎えたい!それほど深刻にもならず気ままに生きている日々。全身が揺すぶられた。司祭年にいただいた思いがけない神さまからの警策(けいさく)の一撃。奉献生活の原点を全うした神の人。多くの人に読んでもらいたい。

今日はは事務所の例会。そろそろ行くか。

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