縁結びの神様
21才、45年前のことになる。夏の終わり、上野駅から青森を経て裏日本(とは言わないそうだが)一人旅。
京都駅のホームで一泊。翌日いとこの家を訪ねた。いとこといっても子供たちはほぼ同じ年頃の高校生に大学生。「駅なんかに寝ないで今度は家に来てください。」大学生の長男が言った。おすしをご馳走になった当時の家に二泊した。訳あって今では妹親子の仮の家。周囲がすっかり一新しているなかで唯一当時のまま。2mほどの細い路地も開発の波にさらされることもなく風情があっていい。京都の下町かと思いきや、由緒正しい下鴨神社が川向こうという地の利から一等地だと聞いて納得した。角の酒屋さんでビールと焼酎を求めてすっかり大人になった甥や姪たちと久しぶりの乾杯。日をまたいでの就寝。
久しぶりに姉妹が集うと早朝から喧(かまびす)しいおしゃべりの競演が止め処もなく続いて惰眠妨害。もっとも、十二分の睡眠が保障されたリゾート気分に文句は言えない。奥芦屋でのブログはもっぱらオプス・デイ体験。31日のメールチェックで丁寧ないくつかの修正の依頼。基本的な知識の欠如をわびながら早速修正。といっても、なぜかお詫びのメールは流れなかった。
2時丁度、心のともしび運動本部でミサ。スタッフ7名と甥や姪たち総勢十数名。ミサ後30分ほどお茶の歓待。全国に約1万人の賛助会員がいるという。会員は減少傾向。1万円から5千円に値下げした立場として少し心が痛んだ。著名なシスターのDVDのプレゼントにますます心苦しかった。「クリスマスと私」の原稿依頼は80歳を超えた神父さんの笑顔に断れなかった。後継者難だとか。何とか持続できる道をみんなで考えないといけない。「暗いと不平を言うよりもすすんで明かりをつけましょう。」絶やしてはいけない。
外人の観光客にあふれる京都の町の短い滞在に心を残しながら3時52分ののぞみで福岡へ。車中ではもっぱら9日の平和フォーラム目指してヨハネ・パウロ2世の世界平和の日メッセージ(2003年)と格闘。すばらしい内容だがムズカシイ!かねて、いかに世界レベルの思考習慣がないかを痛感。何とか恒久平和への道を自分の言葉にしたいのだが。インターネットもできない粗末なホテルで一泊。それでも、ざるソバに熱燗。そして、帰りしな、立ち飲み屋でシメサバと熱燗。これで博多の夜は満足。
月が改まり早8月。「糸島に行きたいのですが。」「どこの駅ですか?」「・・・マエハラ・・・」「唐津行きがすぐ来ます。」なんと、地下鉄が途中からJRの普通列車に。正確にはビゼンマエバルエキ。「あ、神父さん!」いつかの司祭団テニス合宿で同宿のテニス仲間。「何だ神父さんだったのか。」妙な安心感が。
縁結びの神様とあがめられて30年。長男の結婚式となれば孫みたいなもの。勇んでやってきた田んぼの中の教会。それにしても、若者たちの機動力はすごい。九州はもちろん東京関西中国から数十名が駆けつけたのだ。若者ネットワークの面目躍如。披露宴後は帰る予定だったが、教会での二次会も。明日も、大名町教会で集まりがあると聞けば、すぐには帰れそうにない。この若者パワー。生かさない手はない。少し疲れたかな。
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