越境ミッション
2:00からの祭壇奉仕者認定式はそれなりに荘厳。かつてのトンスラ(剃髪式ー頭髪を少し切ることで現世からの決別を意味した。その霊性そのものが今はない)を思い出した
「司祭を志すものは一歩前に出なさい。」この呼びかけも今はない。ボクにとってはあの一歩が司祭職が視野に入った瞬間だった。哲学性の頃は「ボクはもう帰ってこない!」すさんだ気持ちで仲間たちに宣言したこともあるが、トンスラで一歩を踏み出したとき「ああ、ボクはもう後へは戻れない。」そんな思いが全身を駆け巡ったことも蘇った。それにしてもあの呼びかけどうしてなくなったのか。1年後の叙階式でも再度聞かれたがあのとき程のインパクトはなかった。心はすでに決まっていたからだ。
「神学校では鍛えてやろうとてぐすねひいて待っている人ばかりなのでかなり厳しいところです。」式後の茶話会で少しプレッシャーをかけたが初心者でもないのでどうということはないとは思うが・・・。しかし、式中はかなり緊張したという。がんばって欲しい。
早めに中座して駅に急いだ。熊本で5:38分発の九州横断特急に乗り換え。50分ほど行ったところでスイッチバックの立野(たつの)駅。昔人吉からのSLで体験したがそれ以来なので50年ぶり?ここは九州で最も勾配が急。車内販売の乗務員が案内のアナウンスも。で、かなりの距離をバック。つまり、阿蘇の外輪山をジグザグで登ろうという手法。なるほど高度が一気に上がった。右下にはつい2週間前に通った国道57号線。ついにありつけなかった阿蘇の名物料理「だご汁」の看板も見えた。
スイッチバックの後の最初の駅は赤水。「阿蘇西登山口」の看板もある。阿蘇に着く頃には外はかなり暗くなっていた。これからは阿蘇のふもとの谷間を縫うように別府を目指す。8:30丁度に到着。教会を出て丁度5時間。
通された部屋が2年もの間、主不在の司教室なのに驚いたが、久しぶりに会う司祭たちとしばし歓談。ザビエル上陸は8月15日という定説を覆す研究家の司祭もいて困惑したが、九州ザビエルロードマップ作成の話は思いがけない収穫。明日に備えて早めの就寝。
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