ザビエル様擁護論

聖トマス教会の口コミ。ザビエル様が孤軍奮闘、ついに力尽き傷心のうちにインドを離れ、マラッカに向かわれた。そんな理解を促す記述には、前回述べたように違和感がある。それというのも、インド南部での宣教活動の間にしたためた兄弟司祭たちへの勧告や励ましはエネルギッシュで失望感などみじんも感じられない。

漁民海岸を離れた理由は、司祭たちも増え、宣教体制も整ってきたからだと思うし、何よりも、「マラッカ地方では神に仕えるため、きわめてよく整えられているのに、働き手が少ないので、沢山の人たちを信者にできず、聖なる信仰を増すことなしに放置されているという確報を入手しました。…それで私はマラッカへ行くか、ここに残るか決めかねています」(書簡1 306頁)とあるからだ。「達成感のないものとなったようである」(ザビエルの海 126頁)という感想は、ザビエル様の真意とは異なる。霊動弁別に長けたイエズス会士として、まさに聖霊の促すままに行動されたというのが正しい。

ところで、マラッカに渡る前に、ザビエル様が向かったのはマドラス(旧チェンナイ)。使徒聖トマスのお墓参りがしたかったからだという。「あの方の手に釘の後を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をその脇腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない」(ヨハネ20.25)。そう、12使徒の一人、あの疑い深いトマがインドに渡ったという話は有名。ちなみに、釘跡に入れたトマスの人差し指はバチカンに保存されているとか。そして、インドでは、「私は聖トマス信者」という言葉があるという。

ともあれ、ネットで調べると、聖トマス教会を訪問した観光客のコメントがいくつかあった。美しい白亜の教会は観光スポットにもなっているらしい。異教徒の司祭からやりで刺されて殉教したと伝えられていることもネットで知った。

ちなみに、1545年、ゴアのディエゴ神父にあてた手紙はサン・トメ・メリアポルからとなっている。サン・トメは聖トマスのことで、メリアポルはその周辺の地域のこと(ザビエルの海 128頁)。そこで祈ったのは「いとも尊い神のみ旨を心のうちに深く感じてみ旨を遂行する決意を固められるように、…」(書簡1 313頁)というこインド聖トマス教会から海を越えて大移動。とだった。聖トマスの取次を必死に願われたに違いない。

そんな祈りの結果、「マカッサル地方で新しく信者になった人々のために、私がそこへ行くことが神のみ旨であることを…悟に至りました」(同313頁)。マカッサルとはインドネシアのスラウェシ島の南端。

ここまで書いたら、「達成感のないもの」ではなかったことを証拠立てることができたようでホッとしたので、ザビエル様擁護論はひとまず幕。気が向いたら続きがあるかもしれないが。

佐多岬沖ではかなりの波が高速船に体当たり。それでも何とか着いた。種子島YOUCAT、明日の帰りが心配だが。

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☆神に仕える身でありながら、カミガミ(紙々)の要らない世界を標榜する人間の一人として、電子メディアに自分の思いを綴ることは大きな喜びです☆本を書かない代わりにここでいろんなことを書いてみたい。

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