ヤシの葉揺れる庭先での聖なる宴は延々2時間の長丁場でも、感動は深く

イス持参のわけ

右手が祭壇

9 月4日日曜日、小教区のミサはシンハラ語。5日の開会式までお世話になるスニルさんの家族と参加するだけ。教会の庭を見てすぐに納得したことがある。家を出るとき、スニルさんが数脚のアウトドア用のイスを車に積んだことだ。ホーチミンの教会で聖堂にあふれた人々が野外席に腰掛けていたのが思われたのだが、野外でのミサ参列が当たり前になっているらしいことが分かったからだ。聖ラザロ教会はセメントの立派な建物だが、祭壇は聖堂入り口に置かれ、したがって、信徒席は広い芝生の前庭。5,600人かと思われる参列者はほぼ全員がマイイス持参。多くの家族が、折りたたみの携帯ゴザを広げていた。聖変化のとき跪くときのため。

僕の原風景

正面左手には幾つもの大きな実をつけた高いヤシの木々がそびえ立ち、ここが南国であることを忘れさせるような心地いい涼風に葉を揺らしている。そんな中を、10人ほどの真っ赤な服の侍者団を伴った入祭の行列が始まった。5段ほどもある階段を上って祭壇に向かう姿は何故か感動した。幾つもの階段を上がって祭壇、というのがカルワリオの丘という古典的イメージと重なったのかもしれないが、遠い昔、「ホラ、イエス様が待っていらっしゃるヨ」と父の言葉に促されて布団を飛び出して侍者に急いだ幼い頃の郷愁のようにも思われた。

教会の原風景

ともあれ、ヤシの木陰の野外ミサは全くの初体験だけに、それだけで感動したのだが、それはまた、教会の原 風景に触れた感動のようにも思う。もう一つ印象深かったのは、目の前の立ったままの背のスラッとした若者。着ている淡い色のブルージーンズ、履いているセンスのいいスニーカーは明らかにおろしたて。またしても、「新しいものは日曜日のミサから」という母親の固い信念のもと、数日も我慢を強いられた子供の頃が蘇って微笑ましかった。そして、この国の信仰の健全さみたいなものを感じた。7千家族がカトリックというから、少なくとも2万人もの信者がいることになるわけで、「10%もの人はミサに来ない」といっても、まだまだ。それにしても、雨の日はどうするのだろうか。気になることばかりだが、初めて目にすることばかりで気持ちが高ぶっていたせいか、すべて聞きそびれた。9月第1主日は地球環境のための日曜日になったはずだが、そんな気配は感じられなかった。もっと、言葉が分からなかったかもしれないが。

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☆神に仕える身でありながら、カミガミ(紙々)の要らない世界を標榜する人間の一人として、電子メディアに自分の思いを綴ることは大きな喜びです☆本を書かない代わりにここでいろんなことを書いてみたい。

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