隣の柿は赤く見えるというが、津和野の柿は本当に赤くておいしかった

 懐かしの津和野

聖アリア聖堂66回目となる津和野乙女峠まつり。30年ほど前、大学生達とバイク巡礼に来たのが最初で、その後教区本部職員の慰安旅行に便乗した時が2回目。20数年後の今回が3回目。しかし、峠から見下ろした小ぢんまりした盆地という印象だけが残っていて、町の風情は全くの処女地。気候は鹿児島より乾燥していて涼しい。夏を思わせる陽気でも朝は一枚はおりたくなる15度。昨年は、悪天候で大変だったという。10時30分ちょうどに県議や町長さんを迎えての開会式。昨年赴任した新司教さんはもちろん前任者の前田大司教さんも。いくつかの挨拶の後、地域ごとにのぼりを立てての巡礼が始まった。

輝く中高生

聖母が行く5県で1つの教区を構成しているのでそれを束ねる司教さんの大変さは鹿児島の比ではないと思われるが、5つもの違う味が合わさって教区独自の味を出しているのも確か。その1つが、五県から集まった80名もの中高生による夜間巡礼。昨日2日の午後8時に(地名忘却‐リンゴの産地)出発して津和野を目指す。教会着は深夜1時ごろになるという。婦人部の皆さんの手厚い歓迎を受け、信徒会館で仮眠をとって全国から集まった巡礼者とのミサに参加する。祭壇近くにいたら説教の時問答ができると楽しみにしていたがどこに紛れたのか不発。ともあれ、数百キロにおよぶ長崎からの道のりを強制的に歩かされた殉教者たちの苦境を偲びながら夜道を歩いたに違いない。鹿児島の中高生たちにもワクワクするような夜間巡礼を企画できたらと思うことだった。

鹿児島でも!

150年前、浦上4番崩れで捕まったキリシタンは薩摩藩にも預けられ、墓地も残されているのだから、今後は、乙女峠まつりに連動する形で顕彰することを考えたいと思った。幸い、司教さんとしては22藩におよぶ配流先と連携して来年にでも何らかのことを始めたい意向のようだった。是非一緒にやってみたい。

町を挙げてのまつり

奉納に時間がかかったので…ところで、主任司祭の話によると、今日のミサに参集したのは約1600名。おかげで町のホテルはどこも満室。なるほど、町長さんも知らんぷりするわけにはいかない。町のためになるのであれば、警察も協力を惜しまない。聖母行列が街中をいくので要所要所に立ち会い、交通規制もなされ、町の人たちも店先に花びらの籠を用意してマリアさまに撒いていた。「花びらの掃除も大変でしょうね」と言ったら、同行の大司教さんが教えてくれた。店先に撒かれた花びらは店の人が片付けることになっているのだという。なるほど教会までの帰り道、花びら1つ残っていなかった。文字通り町を挙げてのまつり。あ、そうそう、「乙女峠友の会」なるものがあって、全国で500名ほどの会員がいるという。仕掛けもみごと。鹿児島が学ぶことは多い。

説教音声

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