久しぶりのゆらい愛ミサは晴天に恵まれ聖堂の音響も快適。なぜか、自分自身元気が出た。

福祉の原点

元司教館庭に立つみこころ像。55年前?建立。

元司教館庭に立つみこころ像。55年前?建立。

ミサの度になじみの参加者の姿が見えないのはさびしい。受付の皆さんも杖が必要。それでも、喜々として奉仕している姿は美しい。ボランティアの心は高齢者に寄り添う心。福祉。神様に捧げるお神酒がいっぱいあるのが福。神様(示)が立ち止まってくださるのが祉。神様が一人一人を幸せで満たそうと寄り添ってくださるのが福祉の原点。それは、立ち止まる愛。今日はそんな原点に立つ人々と幸せをいっぱいに感じている皆さんとの交流を楽しんだ。福祉の原点を生きる人々が身近にいることを誇りに思う。かれらに栄光あれ。毎回のことだが、手作りのお昼は、メニューの解説もあって味わいが一段と増した。

巡礼スライドショー

元司教館庭に咲く白モクレン

元司教館庭に咲く白モクレン

最後のボクの時間は2月2日-6日のマニラ・セブ高山右近列福式感謝公式巡礼スライド。前日という短時間での即席だったのでちゃんと説明もできず、おまけに外が明るすぎて不鮮明な映像で気の毒だった。次回はいつになるか分からないが、中国教会の様子を紹介したいと思っている。ちゃんと解説も入れたものでもう少しましなものにしたい。帰りしな、助任司祭時代の元気なおばちゃんに声をかけた。「92歳!百まで元気で。」「百歳までと言わないでください。もう十分です。」状況は全く違うが、悪女イゼベルの手を逃れて逃走したものの、力尽きたエリヤのことが思われた。

いちずに92年!

おやつタイム。手作りのボンタン漬も。

おやつタイム。手作りのボンタン漬も。

イゼベルは北イスラエル王アハブの妻。王の預言者400人が、たった一人のエリヤに惨敗したことを恨んで気弱な王に代わって彼女はエリヤ討伐を企てて兵を送った。詳しくは列王記上19章参照してほしいのだが、エリヤは、カルメル山(ガリラヤ湖西)から逃げに逃げて、ナント200キロ南のベエルシェバ(死海の南端西)までやって来た時のことだ。腰の曲がった元気な元おばちゃんの人生は神様と一緒のぶれない92年だったとはいえ、担ぐには重た過ぎる荷もあったに違いない。それでも親しみ一杯の笑顔が嬉しかった。「うちの主任司祭何処にもやらないでね」とも。まだまだ力尽きそうにない元気な声だった。

 

 

 

 

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☆神に仕える身でありながら、カミガミ(紙々)の要らない世界を標榜する人間の一人として、電子メディアに自分の思いを綴ることは大きな喜びです☆本を書かない代わりにここでいろんなことを書いてみたい。

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