58日。昨年11月21日に始まった新約聖書通読に要した日数だ。

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意気込んで出発したのだったが・・・

中だるみが長すぎた。しかし、パウロの書簡に入ってからは俄然ペースが上がった。というのも、パウロの熱い思いに説得されている感じがしたので「もっと聞きたい」という気持ちが募ったからだ。初めての体験だった。

新共同訳初版 限定1500部第463番(吉野時代)

新共同訳初版 限定1500部第463番(吉野時代)

実は、完走したとはいえ、正規のルートではなく個人的色彩の強いルートとをとったので公認されるかどうか怪しい。というのは、福音書は聖書ではなく聖書もどきを読んだからだ。つまり、前にも紹介した”ガリラヤのイエシュー”。

これも前に書いたのだが、ヨハネ17章の御父に向けての主の語りかけが心に浸みてグッときたことがしばしばだった。そんなこともあってか、パウロの手紙には信者や弟子たちに対する切々たる思いが感じられて心が動かされたのだと思う。

そういうわけで、この数日一気に読み進んだものだから、今日読了となった。ボクの推薦を受けて”ガリラヤのイエシュー”を購入したというメールも嬉しかった。

旧約聖書の通読計画もあるようだが、30年ほども前のことになるが友人司祭のすすめで2回ほどやったように思う。あの時は初めてのことだったのでそれなりに燃えたものだ。旅行に行くにも小型版を携帯して、暇を見つけては開いていた。

しかし、今回のようなしみじみとした感慨を持つことはなかったように思う。”読破した”という満足感はあったのだが。今回も参加するとは思うが、著者の神さまに心がときめくだろうか。むしろ疑問が渦巻きそうな予感もするのだが。

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