人生初となる誕生ケーキ持参の家庭訪問という司牧活動の結末

それでも!Blog

なにしろ半世紀ぶりの再会は

突然飛躍するが、プチジャン司教の信徒発見にも等しい驚きだった。いや、妄想に等しい言い方とは思うが、なにしろ、前にも書いたが戦後奄美の教会復興に貢献した信者たちを多く輩出したこの地にあって、濃厚な名残に触れることは多い。そのうちの一人がシロアニだ。ご本人はすでに天国だが奥様が健在。そしてテツヨシアニ。

故郷の教会は骨組みはそのままでも床はなく、たくさんの材木が運び込まれて毎日多くの大工さんたちが汗を流していた。シンツブで線を引く作業は見ていて一番楽しかった。あ、シンツブは墨ツボというらしいのだが方言。針のついた糸を止めてシンツブを持ったまま移動すると墨の入ったツボの中を通った糸が墨に染まる。所定の所で糸を固定し、中ほどを引っ張って放すとまっすぐな線がひかれる仕組み。毎回感動したものだ。

そんなシンツブの使い手がシロアニだった。「なまえはなに?」子供の目にも一番の若手らしい人に無遠慮に質問をぶつけた。いやな顔もせず、手を休めて竹製の筆の頭に墨をつけてニコニコしながら「シロ」と書いた。「あ、シロアニ、シロアニ!」子どもたちが一斉に声を上げた。そのシロアニの故郷に今いる。

あ、テツヨシアニのことを書くつもりだったのに

そのテツヨシアニだが、訪ねたときは畑ならぬベッドの中だった。自転車があったので間違いなく在宅らしい。玄関を開けて声をかけたが反応がない。しばらく躊躇したが、人聞き悪いが、踏み込んだ。枕もとの黒猫が「ニャーン」とカンゲイしたもののご本人は昼寝の真っ最中。気の毒だったが声をかけながらトントン。

ビックリして起き上がったので、すかさず大きな声で「教会ラガキョタット!」(教会からですよ)。目の前にケーキの箱を差し出して「誕生日!」カクカクシカジカ「ウガシシドウ、キュウナリョタ。」(それで今日になりました)。すっかり納得されてあの笑顔に。恐縮しながら起き上がったかと思ったら台所に急がれた。しばらくして、白いプラスチックの袋を手にして戻ってこられた。収穫したばかりのインゲン豆だった。お返しの長寿野菜。早速食したことは言うまでもない。歯ごたえよくおいしかった。

で、積もる話は…なかった!

「ナガ、働シイモタン頃ヌ神父様タルカオボティモランカイ?」(あなたが働いておられたころの神父様だれか覚えていませんか)。ハマサキ○△など数名の名前を挙げて「アンカリモーリ。ワンチュリ。」(全部死んでしまってワシが一人だけ)。司祭の名前は出なかった。アメリ人ばかりだったので忘れた?

「昔、教会ナンティ働シイモリショタロガ?」(昔教会で働いておられましたね?)。ニコニコしながら頷かれたはずだが、もしかして人違い?同郷の信者の一人が「昔から知っている」と言ったというから間違いないとは思うが。「思い出せなのはそのことと直面するだけの力がないから。」昔読んだ心理学に関する記事だ。いまだに教会から離れないでいるのだから、思い出したくないほどの嫌な思い出があったとは思いたくないが。

アンタは誰?

「教会から来た」ことは分かったが、もしかしてボクが何者かは分かってもらえなかったかもしれないと気が付いた。それというのも、別れ際に「何かしるしを…」みたいなことを言われたので名刺を上げたのだった。「ウマーガンキャトウミシヨレイヨ」(孫さんたちと食べてください)と念を押したのだったが。

いずれにしても、帰宅した信者でもない孫さんたちが名刺を見てどんな反応するだろうか。「そういえば昨日はお爺ちゃんの誕生日だったね。お爺ちゃんおめでとう!」と盛り上がってくれたらといいな。いや、「昨日に続いて2回も誕生パーティー!お爺ちゃんよかったね!」となったらなおいいのだが。

ともあれ、今後は、日曜日のミサ後にテツヨシアニ探し。楽しみは尽きない。

奄美の山はイジュウの花盛り

奄美の山はイジュウの花盛り

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