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今は無き我が母校福岡サン・スルピス大神学校再訪

3年前だったか…

閉校に際して感謝のミサを捧げたのは3年間前だったか。去る22日(月)から25日(木)、再訪する機会が与えられた。福岡教区司祭団の黙想会がオープンになって他教区からの参加も可能になったからだ。

思いがけない朗報に早速申し込んだ。あの思い出の学び舎で昔をしのびながら静かなひと時を過ごしたいと思ったからだ。3教区合同黙想会というのがあるが、このところ参加したことがない。

無理からぬことではあるが、久しぶりに卒業生が集まるものだから、なんとなく同窓会の気分になってしまうのだ。

黙想会だった!

「日本のキリシタン時代からシノダリティを考える」時宜を得た今どきの問題。指導司祭は故フランシスコ教皇が神学校の院長時代の教え子で長崎の西坂にある日本26聖人記念館の館長レンゾ神父さん。

司祭不在の250年もの間、キリシタンたちが何故信仰を守り伝えることができたのか。結論は、自立した信者の養成がなされたから。今日も学ぶことは多い、ということだった。

ハッピーアワーは全くなく、沈黙のうちに各自が黙々と黙想をやっていて「これは本当の黙想会だった!」

申し訳ないが

しっかりした研究のもとになされた話しは有意義なものだった。しかし、指導司祭には申し訳ないが、ボクの関心は、正直言うと、「8年間、20代の大半を過ごした学び舎でかつての自分を思い起こしながら郷愁に浸ってみたい」というものだった。

神学科教室は昔のまま。

神学科教室は昔のまま。

ラテン語教室に哲学教室、そして4年も過ごした神学教室。それぞれに思い出が一杯詰まっていて、神学生のいない教室は寂しかったが、「聖書100週間」とか教区主催のいろいろな集いに開放されているようで少しホッとした。

人気はなくても生気に満ちて

久しぶりに40名の司祭たちで賑わった

久しぶりに40名の司祭たちで賑わった

外に出ると、頼りなげだったかつての植え込みは、どれも立派な大木に成長して、しかも、1本たりとも弱ることもなく青々と生気に満ちていて嬉しかった。

元バレーコートとテニスコート。右手奥は野球場。

元バレーコートとテニスコート。右手奥は野球場。

野球場にテニスやバレーコートも今では草原と化していたが、万感胸に迫るものを感じながら、「ずっとこのままであってほしい」と心から念じた。

カナダに本部を持つ「サン・スルピス司祭会」の所有ということで、数人の司祭たちが住んでいて管理は十分にできているようだった。年の黙想会は来年もここに決めた。

ヒガンバナの一種。ハブランサス。南米原産。大熊教会聖書の庭。

ヒガンバナの一種。ハブランサス。南米原産。大熊教会聖書の庭。

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