やっと一息

2日の司教総会の帰りにみた夕暮れ富士。確かに疲れているのだと思う。体は元気に動いても思考力や気持ちはかなり疲れている。考えてみると、9月9日から29日まで中一日置いての海外出張、帰国後またも一日置いての一日司教総会、帰って翌日は種子島、そして二日続いた会議。合間を縫っての明日から始まる福山でのMEの準備。やっと今日一日完全フリー、と思いきや乗車券の変更で中央駅へ。

あ、いや、こうした連続した動きは全く平気なのだが、昨日の来客に閉口している自分はやっぱり疲れているんだと認めざるを得なかった。片道一時間半のドライブで往復した理事会から帰って息つく間もなく「ご面会です」の内線。「エーッ、ヤメテクレー!」思わず叫んだ。鹿児島での出張を終えて「お会いして帰りたい」とのこと。「アーア、そんな律儀さはメイワク…」

「お疲れのところすみません。」数年前に一度会った人だった。「ホントニ疲れています。」久しぶりの再会にもかかわらず、思わず本音をもらした。心の中はもっと本音が渦巻いていたのだが。「ナンノヨウナンデスカ?」話題は、チョウ真面目なもので、単なるアイ刈入れ前の有名な伊佐米。サツの類ではなかっただけに、「ソンナダイジナハナシヲシタカッタラ、マエモッテデンワグライスベキデハナカッタノカ?」「デ、ボクニドウシテホシイノデスカ?」等々。本心を露わにしてはいけないノデ、平静を装いながらの応対は自分とのタタカイだった。

話が進むほどにボクの心は固く閉ざされ、手渡された本を受け取ろうともせず、「本は苦手で…」など脈絡のない言葉を口にしたりしながら、“喜んでいないメッセージ”を送ったのだがムダだった。目次をめくって内容をたどるしばしのパフォーマンスの後で、「すみません。今は全く頭に入りません」と言って本を閉じた。それでも、彼女は話を続けた。

本を手渡したところから察するに、「教区でも取り組んでもらいたい」ということのようだったが、かといって、具体的なお願いの言葉があるわけではなかった。面会が単なる挨拶でないことは確かで、要するに、彼女が推進している活動に対する司教への啓蒙かと思えた。そうであれば、なおのこと、「コンドコラレルトキハ、マエモッテデンワヲクダサコーヒーの木がやっと一粒、実を付けた。イ」と言いたかったが口にはしなかった。悪いが、「この手の話に次回を期待されても困る」と思ったからだ。

いずれにしても、ボクの疲れの実態を知る由もない彼女にとっては事の深刻さ?に思い至らないのも無理はないので、「カノジョヲトガメルベキデハナイ」との自制心は疲れていなかった。明日からのMEが癒しの3日間になることを期待したい。

その間に見た自然のドラマや、稲田の風景、そして待望の実一つに、そして初めて見るマンサクの可憐な花に疲れた心がホッ。

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