扉開く

神様の大きないつくしみの目いつくしみの扉を開く式は階下での典礼も印象的だった。「行列は巡礼を意味します」という担当司祭の一連の解説は初めての式をより意義深いものにした。「扉を通ることが十字架上で槍で貫かれて開かれた主の脇腹によって救いがもたらされたことを表します」という解説は特に心に響いた。扉の前に立って「正義の門よ、扉を開け」と言ったら、手回し良く正面の扉が開いた。思わず、「おっ!」と感動。

「これは神の門。この門を通って中に入り、いつくしみとゆるしを頂こう。」力強い宣言にテンションが上がった。上部のカマチにはいつくしみのロゴをあしらった鹿児島教区独自の標札が掲げてある。デザインした人によるとロゴそのものが瞳となった神さまの大きな目のイメージだという。朗読聖書を受け取り高々と掲げながらやや緊張気味で、大きないつくしみのまなざしの下をゆっくり祭壇に向かって進んだ。

祭壇に着くと洗礼の約束の更新。先ず自分に灌水。司祭、侍者、会衆と次々に灌水。祭壇に帰って正面を見た時、二階の聖歌隊に灌水するのを忘れたことに気がついたが後の祭り。アシカラズ。いずれにしても、なかなかいい典礼だった。ミサには、いくつかの小教区や各地の修道院から多くの信徒やシスターたちが参加した。

午後2時、市民クリスマス。臨時の椅子席も用意された聖堂はほぼ満杯。第一部の女性コーラスの高プロテスタントととカトリックの合同クリスマス会。55回目!音のハーモニーはまさに天使の歌声。ハープ奏者や指揮者も鹿児島で活躍中の地元勢というのが良かった。鹿児島の音楽文化の高さを身近で実感できた至福のひと時だった。

第二部の講演はかつてブラジルの教会で働かれたことのある牧師さんで、この方も今年から鹿児島での勤務。前座を務めた「お迎えしている二人のゲスト」はなんと黒人と金髪の人形。これまで聞いた腹話術の中ではプロ級?「だから今日希望がある」という演題は讃美歌から。スペイン語だが、教えられたとおりtenemos esperanzaで検索したらYouTubeで聞くことができた。主の誕生と受難、そして復活が歌われ「だから今日希望がある」と繰り返される。物悲しくも心にしみる曲。

久しぶりの市民クリスマスだった。

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