ベトナム2日目2

手のないマリア様話は40年ほど前にさかのぼる。この御像、実は戦時中、と言っても第二次世界大戦ではない、ベトナム戦争の時、アメリカ兵たちがベトナム人兵士(非共産党員)と共に両国の和平を願って建てたもの。戦争終結の1975年以降、約30年間、誰からも顧みられることもなく森の中に放置されたままになっていた。

2006年12月8日、道路工事に従事していたひとが、頭が半分壊れ、両手のない像を発見。信者でもない彼はそれがマリア様だと知る由もなかったが、何故か納得することがあった。建設中の道路はその像に向かってまっすぐに伸びて行くはずだった。しかし、直前でブルドーザーが動かなくなり、何度やってもエンジンがかからないというアクシデントに見舞われた。「この像のせいに違いない。」彼は計画を変更することに。

ある夜彼は夢をみた。「私はカトリック教会のマリアです。あの像を修理して下さ丸焼きの鶏。3時間焼かれた。右は鹿肉。い。教会の人に知らせて欲しい。」信者でもない彼は意味を解することもできず、手をつけることもなかった。しばらくして、また同じ夢を見た。彼はなんのことか分らないまま、仕事仲間に頼んで修復してもらった。しかし、間もなく、顔はそのままでもせっかくつけた 2本の手は落ちてしまった。

「これはやはり教会に知らせなければ」という気になって、知らせを受けたのが8月に鹿児島に来られたミカエル司教様。「これは、そのままにしておいたほうがいい。悲しむ人々のためのマリア様かも知れないから。記念日は悲しみの聖母と同じ9月15日にしよう」と決まった。

それからというもの、辺鄙な山奥が一大巡礼地となり、毎年の記念日には多くの巡礼者が訪れるようになった。今年はいつくしみの特別聖年ということもあって1日で40103年になるカテドラルには多くの若者が許しの秘蹟に列をなしていた。万もの人で溢れたという。しかも、信者でない人も多く訪れ恵みをいただいているというの特徴。「司祭が巡礼したら2つの司牧的恵みをいただける」のだという。

今日、記念日は、毎年雨にたたられるというので、発見の日が無原罪の御宿りの祝日でもあるところからこの日に変更して今日に至っている。ミサ後、少数民族のおもてなし料理に舌鼓を打った。

帰路、103年の木造カテドラル訪問。

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