ドローンで蘇った故郷100年史

奄美の宣教を知る貴重な資料集昨日の午後から始めたドローンによる故郷瀬留の7つの教会群空撮の画像へのコメント作成はかなり疲れる。「コメントがあったらいい」という提案を受けて始めたのだが、参考にしたのは、1992年発行の奄美宣教100周年記念誌「カトリック奄美100年」。戦前戦後と紐解きながら、各教会のミニ歴史とちょっとしたエピソードを記すことに。始めてはみたものの、100年の歴史をたどる作業の複雑さと困難さは半端ではない。それでも、一つ一つの教会が形を成していくまでの宣教師たちの宣教への熱い思いに感動した。

わが故郷の村は7つの校区からなっているが、それに見合うかのように7つの教会がある。次々と土地を購入して宣教拠点とするやり方が、一つの校区をのぞいてほぼ全集落に及んでいたことに驚いた。北からたどると、秋名(あぎな)教会をはじめ嘉渡(かど)、安木屋場(あんきゃば)、龍郷(たつごう)、母教会としての瀬留(せどめ)、大勝(おおがち)、そして太平洋と東シナ海を臨む幅1キロほどの集落にある赤尾木(あかおぎ)の7つ。

実は、嘉渡(かど)と安木屋場(あんきゃば)の中間には円(えん)というかなり大きな集落があって、小学校もある。しかし、なぜか、宣教がなされたという記録はない。まるで飛び地のように教会とは無縁の土地。もっとも一人の信徒はいるが。今でこそ車道でつながっているが、当時は、いずれも険しい山越えをしないとたどり着けない隔絶された集落だった。子供の頃、アメリカ人の宣教師が大きな背嚢をしょって山越えでミサに行く姿をよく見かけたものだ。ミサ直前にぶどう酒を忘れたことに気がついて、同じ道のりを1時間余りもかけて取りに戻るということもあったらしい。

1994年からの5年間が懐かしく思い出された。当時は、引き継いだ修道会の宣教方針に従って毎週7つの教会で主日のミサをしていた。木曜日の午後秋名、金曜日嘉渡、安木屋場、土曜日龍郷、日曜日赤尾木、大勝、瀬留という具合だ。2年後には、土曜日と日曜日にまとめ、この体制を改めたが、楽瀬留で開校した伝道師学校の生徒たち。二人は司祭になって健在。しいこともあった。金曜日の嘉渡のミサを済ますとそそくさと安木屋場のミサに急ぐのだが、途中、円集落の手前の岩場に降りて海を眺めながらコッペパンとコーヒー牛乳で夕食?を取りつつ、かつての宣教師たちの苦労に思いをはせたものだ。

今回の思いがけないドローン取材で、戦後の懐かしい司祭たちの動向を知ることとなり、やがて自分も、こうして白黒の写真で足跡を残すことになるのだと思うとなんだかうかうかしてはおれないような感慨に浸ってしまった。ともあれ、ドローンでの空撮、早速、「すべての教会を!」という声が上がったのだが…。

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