WYDはボクにとって何だったのか(6)本大会(7/26-31)の5日間から

修道院の三日間始まる

木造で暖かみがあるWYDは、前にもふれたと思うが、教区の日々、カテケージス、そして教皇と過ごす日々の三部からなる。教区の日々は参加自由となっているのでカテケージス以降を本大会と呼んでいる。カテケージスは、司教が担当し、大会のテーマに沿った内容でなされる。担当者は大会本部に知らせることになっていて、担当者のホテル滞在費は免除される。三回にわたるカテケージスの詳細を述べることはできないので、概要だけ。会場は、アルベルティン女子修道会の本部聖堂。貧しい人々のお世話が主な活動で、司教団には弁当ではなく、ゲスト用食堂で立派なお昼が提供された。そこにもザビエル様の壁掛けをプレゼントした。

若者たちのお土産交換始まる

世界中からの若者でごった返すクラクフのセンターところで、27日(水)のカテケージス1のテーマは「今がいつくしみの時」。担当は、高見大司教。若者たちの分かち合いは正直で教会の将来に希望を感じた。午後はみんなで街に繰り出しての散策。若者であふれる街のセンターは交歓の場でもある。若者たちの帽子やバックパックに様々なバッチが増えていった。夜は、ユース・フェスティバルというプログラムがあったらしいが日本の若者たちが参加したかどうかは聞いていない。28日(木)カテケージス2のテーマは「キリストのいつくしみに心を開きましょう」。担当は諏訪司教。助祭直前になっても心が定まらず、一年間休学して、禅の修行をしたという話が印象に残っている。「司教になる人でもそんなことがあったんだ」と若者にはかなりのインパクトがあったらしい。18:00教皇歓迎式典へ。29日(金)最終回となるカテケージスのテーマは「主よ、私をあなたのいつくしみの道具としてください」。担当は浜口司教。毎回の分かち合いがいい。

聖金曜日始まる

何処でも人気の押川司教さん夕方、教皇を迎えての十字架の道行きへ。その前に「十字架の道行」についての講話。担当はボク。「気合を入れて十字架の道行をしようという気になりました」との感想は嬉しかった。今回は若者たちに同行。バスを降りた後は徒歩で会場へ。指定された場所まで行くのにはぐれて迷子にならないように、まるで幼稚園生のように、班ごとに一列になり前の人のバックパックの取ってを握って人ごみの中を縫うように突き進むこと30分。胸に十字架をかけた外出時の司教の正装が情けなかった。

聖土曜日の野宿始まる

公園のような広い修道院の庭で班ごとの分かち合い翌30日(土)は午前中にミサと野外での赦しの秘跡。担当は押川司教。主の受難の記念日だからいいとすることに。多くの司祭がいるので、木陰のベンチで休んでいると、結局聴罪司祭にさせられ、何人もの若者のと霊的対話を持つことができたのでうれしかった。その後、若者たちは徒歩で2.5キロのミサ会場まで徒歩巡礼。教皇との夕の祈りの後そのまま寝袋で一夜を過ごす。これが聖土曜日。もうお分かりのように、WYDの霊性は主の受難と復活の体験。若者たちは、昼過ぎに歩き始めて会場着は夕方6時ごろだったという。2.5キロと聞けば大したことないが、150万人が一斉に動くとなるとなかなか進めなかったらしい。野宿の様子もボクにはわからない。

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