遅ればせながら

緋寒桜“奉献生活の年”開幕のミサ。といっても、昨年11月30日のことになるのだが、「奉献生活の刷新・適応に関する教令」発布50周年を記念するもの。

遅ればせながら、鹿児島教区では今日午後2時に捧げられた。奉献生活者という場合、男女修道者のことを言うのだが、今回集まったのは女子だけ。男子にも呼びかけたらしいが結果的には文字通り女子会となった。

来年の主の奉献の祝日となる2月2日(火)まで。教皇庁には内赦院というのがあって、この期間に与えられる特別免償に関する教令が出された。「免償とは、罪科としてはすでに赦免された罪に対する有限の罰の神の前に置ける赦しです」(カトリック中央協議会ホームページより)。

誰かに誤ってケガをさせたら、「すみません」と言ってあやまる。そして、赦してもらったとしても、「申し訳なかった」という気持ちは残る。場合によっては、お見舞いの品を届けたりもする。これを償いの業という。その後、いろんなわだかまりも消え、見ず知らずの相手が、ケガを通じて友達になったという場合もある。

免償というのは、いわばこんな風に、思い、言葉、行い、怠りによって犯した大小の罪を神様から赦してもらった上に「何もなかったことにしてあげる」と言ってもらえるというもの。神様との間に何のわだかまりもない状態が生まれる。これが救い。こんな風に思い巡らしていたら、「ウーム、これはもらわなければなるまい」という気になってきた。

真の回心による赦しの秘跡、ミサ、教皇の意向に従ってなされる祈りによって受けることができる。詳しいことはカトリック教会のカテキズム1471番‐1498番参照。主任司祭に聞いた方が分かりやすいかもしれない。ともあれ、少し品が悪いが、貰えるものはもらったほうがいいに決まっている。※写真は徳之島で。

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