やっぱりあった

夜明け前の鐘楼洗濯はミサ後の朝6:30過ぎと決まっている。もちろん毎日ではないが。今朝は快晴。早速4階に上がって洗濯機を回した。ミニ盆栽に水をやるべく外に出た。澄み渡った東の空には明けの明星が。手前の二十階のビルの屋上のあたりからは、おそらく暖房用のボイラーからと思われる黒い煙が。何よりも左手の鐘楼がくっきりと浮かび上がり、青く澄んだ日の出前の空と手前の黒々とした夜明けを待つビル群のコントラストに思わず息をのんだ。

ふと気がついたのだが、万全の寒さ対策を施したはずのドラゴンフルーツたちは黄色く変色し重症の霜焼けにこれまた息をのんだ。痛ましい。それに、彼らの数倍も手厚く防寒対策を施したコーヒーはというと、隙間からのぞいた限りでは、青い葉っぱを残しているとはいえ、やはり半死半生。二重の手袋をはめているボクとしては、気の毒で身を切られる思いだ。頑張ってほしい、としか言うすべを知らない。やはり、屋内に避難させるべきだったと思うが後の祭り。それでも、室温は、昼間には16℃まで上がって快適。

そうそう、今日は旧暦の元旦。子供の頃は旧正月だったが、日本復帰後は本土並み新正月になった。60年も昔のことになる。だから、もはや特別の感慨も沸かない。しかし、韓国やベトナムでは新年。お昼前だったか、部屋をノックした二人は韓国人司祭と神学生。新年のあいさつに来たのだという。椅子に座ると、二人は、「お世話になりました」といったかと思うと床にひれ伏した。

母国では、挨拶を受けたら、お年玉をあげるのだというが日本では略式なのでナシ。しかし、「いい礼拝?言葉を授ける」そうなので、「ドミンゴは今年の転勤はないのでもう1年頑張ってください。」「はい分かりました。いつでも用意しています。」「ビアンネは神父様になるんだから毎朝早起きして神様を賛美するように。」「はい分かりました。」「韓国でも同じです。毎朝早く起きて神さまを賛美すると恵が沢山あります。だから、ミサに行く人多いです。」先輩らしいフォローが来た。額を床にこするようにして“拝まれる”とさすがに面はゆいが、儒教の国のいまだに息づく伝統を実感した。

昼過ぎ司祭来訪。約1時間、深刻な面談は平和裡に終了。握手で別れた。

「今日も予定なし、嬉しいな」と喜んだが、美しい鐘楼との出会いに始まって新正月年頭のあいさつ、それに想定外の平和裡に終わった面談。そうそう、理事を務める大口明光学園の大きな記事も。それなりに意外性に富んだ1日となった。そういえば、今日から造園作業が始まるとの連絡で、楽しみにしていたのにナシのつぶて。平凡な日常はないということか。

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☆神に仕える身でありながら、カミガミ(紙々)の要らない世界を標榜する人間の一人として、電子メディアに自分の思いを綴ることは大きな喜びです☆本を書かない代わりにここでいろんなことを書いてみたい。

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