キリシタンの島黒島ミッション

黒島教会は長崎の誇りシドニーでのWYD以来近づきになった神父さんの招きで、長崎教会群の一つで世界遺産登録が期待された黒島教会の黙想会がついに実現した。

10日、新鳥栖で佐世保行きの特急みどり13号に乗り換え、一つ手前の早岐(はいき)駅でハウステンボス行きの車両と切り離すと、我らが車両は来た方向にバックを始めた。そのままグングンスピードを上げて佐世保線に入った。後ろ向きに引っ張られているようで変な感じだったが15分かそこらで、15時24分定刻通りに到着。外に出ると、主任司祭が待ていてくれた。

佐世保といえば、神学校の同期生の出身地で、親戚のおじさんが住んでいたこともあって、馴染み深いところではあったが降り立つのは初めて。垢抜けして開けた街の印象だ。丘の上の教会を訪問し、船着場へ。かつての軍港だっただけに今も米軍が駐留する基地の街らしくアメリカ人の若者数人を見かけた。

祈りの雰囲気に満ちた内陣5時出航のフェリーくろしおには神父さんの車の他にもう一台の軽と大型トラックが乗った。途中の高島まで25分、さらに黒島まで25分の計50分の航海。黒島の名の由来は色々あるらしい。黒々とした森に覆われていて遠目には黒く見えるからとか、キリシタンが多く住むところからクロスの島がやがて黒島になったとか、定かではない。

ともあれ、船着場周辺がキリシタン移住前から住んでいた人々の地区で信者はゼロ。坂を上がって峠を越した辺りから先が信者地区で全員カトリック。「ここが島一番のハンカガイ」と主任司祭が笑いながら紹介した先に目をやると丘の中腹に煉瓦造りの天主堂が凛と聳えていた。奄美宣教の後来島されたマルマン神父様の手によって明治33年に献堂され、重要文化財にも指定されている。

有田焼タイルで敷き詰められた内陣床お御堂に座っていると、どこか外国の古い教会にいるような錯覚に陥ってしまう。長崎には素晴らしい教会が沢山あるが、日本にいることを忘れさせるほどにインパクトのある教会は他にない。しかも、内陣の床は有田焼のタイル張り。千数百枚が敷かれているという。

初日の昨晩、講話のあとも赦しの秘跡が続き、夕食は9時半過ぎ。

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☆神に仕える身でありながら、カミガミ(紙々)の要らない世界を標榜する人間の一人として、電子メディアに自分の思いを綴ることは大きな喜びです☆本を書かない代わりにここでいろんなことを書いてみたい。

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