初来日のフィローニ枢機卿福音宣教省長官教皇側近のバチカン高官が見た日本教会の光と陰

教皇親書

中央は長官右バチカン駐日大使左通訳和田師

中央は長官右バチカン駐日大使左通訳和田師

福音宣教省長官フィローニ枢機卿に託された教皇親書で教皇は日本の教会について次のように指摘された。「兄弟の皆さん、わたしは数多くの霊的遺産に思いをはせながら、それらの遺産を受け継ぎ福音宣教に専心し、とくに弱い人々の世話に励み、さまざまな国々から来ている信者たちが日本へ融和するよう助けている皆さんを大切に思っています。文化の発展や諸宗教対話、また自然環境保全などに対する皆さんの働きにも感謝いたします。 」しかし「日本の教会がもつ福音宣教の使命についてともに考えてみたいと思います。『教会はその起源から普遍(カトリック)であり、『出掛けて行き』、宣教する存在です』」(2014年9月17日、教皇、一般謁見演説)。

ごもっとも

暗に、日本の教会の静的宣教姿勢が指摘されているようでつい下を向いてしまう。バチカンに送られる日本教会の教勢調査を見るにつけ、お隣韓国の右肩上がりの勢いとつい比較したくなるに違いない。そういう鹿児島教区も人ごとではない。「いったいどこまで落ちれば気がすむのか!」と叫びたくなるほどだ。「いのちは与えることで強められ、孤立と安逸によって衰えます。事実、いのちをもっとも生かす人は、岸の安全を離れ、他者にいのちを伝えるという使命に情熱を注ぐ人です」(同親書)。ごもっとも。

相対主義は🙅‍♂️

カテドラルは人で満ちた

カテドラルは人で満ちた

日本の教会にハッパをかけておらることは分かっても妙案が湧くでもなく、腕組みして「ウーム!そう言われてもなー」とやはり下を向くばかり。「でもですね」と思わず顔をあげたくなったのは、近頃、要理の勉強を始めた親友のK君夫妻やM君夫妻の顔が浮かんだからだ。ともあれ、昨日のフィローニ枢機卿の話も教皇親書の解説みたいなもので「相対主義で人は本当の喜びを享受できない。キリストの福音は文化の一つではない。父に至る唯一の道。このメッセージこそ日本の人々に届けるべき。」18日の福岡キャンパスから始まった講演行脚中一貫したものだった。

消えた海鳥たち

二羽のウミウが止まり木を独占

二羽のウミウがそれぞれ止まり木を独占

昼休みの散歩はいつものように辰巳公園。これまでたくさん見かけた海鳥たちがどこに消えたのか一羽も見当たらない。ウミウだけが五羽、海中の五本の柱の上からあたりを睥睨。今日は桜並木まで足を伸ばして往復50分。帰り道出会ったチョウはこんな感じ。

 

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