昨日8月6日は広島原爆投下の日、鹿児島では諸宗教平和巡礼の日、教会では主のご公現の日

感動の街頭募金

いよいよ出発

いよいよ出発

先頭は原爆の、火続いて慰霊の鐘

先頭は原爆の火、火続いて慰霊の鐘

3時40分、三々五々、ザビエル教会に人々が集まりだした。諸宗教懇和会主催平和巡礼に参加するためだが、先ずは天文館と山形屋前での西日本豪雨災害被災者支援の募金活動。袈裟姿のお坊さんや白い袴姿の神主さん、それに一般信徒の皆さんに交じって白のスータン姿で立った。特に、立正佼成会の女性方は元気いっぱいよく通る声で呼びかけた。お坊さんたちも大きな声だが、ボクは、募金箱を抱えて、ひたすら「お願いしま-す」と米つきバッタ。修学旅行らしい男子中学生の一団が立ち止まり、一番体格のいい子がチャリンと一枚入れて目の前のお土産店に消えた。しばらくして店を出るとまたやってきて、今度はジャラジャラと沢山いれた。「ありがとうございマース!」大きな声で頭を下げた。おそろいの黒い帽子には「新上五島」の刺繍があるところからして、もしかして、信者の子で、スータンを見たので「神父様だ!」と思ったのかもしれない。ともあれ、しらけそうな年頃の男の子が二度も!ちょっと感動した。

平和の巡礼出発式

水分補給の休憩

水分補給の休憩

高らかに太鼓のなる中で平和祈願

高らかに太鼓のなる中で平和祈願

45分ほどで引き揚げたが、向かいのお土産店のご主人は終始迷惑そうな顔をしていた。「おつかれさま」の一言も出なかったというのは、被災地の人々への思いより、45分の商売の邪魔が許せなかったらしい。少しさみしかった。階下のホールで冷たい水でのどを潤し、お御堂に上がって平和巡礼出発式。ザビエル教会から出発というのも嬉しかったが、これだけのお坊さんや神主さんたちがお御堂に勢ぞろいしたのはザビエル始まって以来の慶事に違いない。なんだか誇らしかった。会長さんの挨拶の後、みことばの祭儀。ルカ23章の受難の主の「父よ彼らをおゆるし下さい。自分が何をしているのか知らないのです」のくだりを紹介。時あたかも、カトリック平和旬間初日とあって、前もって参加者に配布された高見大司教の平和に関する談話と「焼き場に立つ少年」を紹介。アシジの聖フランシスコの平和を願う祈りをみんなで唱え、マザーテレサの”私をお使いください”(だったかな?)を歌って閉会、出発。

感動の市中巡礼

平和を祈ろう。親子の牧師さん。

平和を祈ろう。親子の牧師さん。

1700名の被爆者に永遠の安息を!

1700名の被爆者に永遠の安息を!

会長さんが掲げる原爆の火を先頭に二人が担ぐ鎮魂の鐘を鳴らしながら、山下小学校をぐるりと回って天文館を通り山形屋前を通過して西本願寺へ。道々、一体何事かと思った人々の中に合掌して頭を下げる女子中学生の姿が目に留まり、また感動。今回は、中学生たちが目立った巡礼だ。本願寺では、「それぞれの仕方で平和を祈ってください」という輪番さんの呼びかけに一同礼をした。続いて照国神社へ。境内では、二人の神主さんが出迎えてくれた。太鼓が打ち鳴らされる中、ここでもそれぞれの仕方で平和を祈った。巡礼最後は、神社近くの第二次大戦収束記念碑前で”癒しのコンサート”。伊集院教会の若い牧師さんのギター演奏は素晴らしかった。横に立つマンションの人々も楽しめたのではないかと思う。続いて、鹿児島県被爆者の碑に献花。巡礼提唱者の鎌田和尚さんから経過説明と感想が述べられて市中巡礼の結びとした。1700名もの県出身の被爆者がおられたとは知らなかった。ちなみに、原爆の火は、当時くすぶっていた火を持ち帰り、以来、鎌田和尚のお寺の門前で消えることなく灯り続けている。

 

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☆神に仕える身でありながら、カミガミ(紙々)の要らない世界を標榜する人間の一人として、電子メディアに自分の思いを綴ることは大きな喜びです☆本を書かない代わりにここでいろんなことを書いてみたい。

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