見よ、それはきわめてよかった
昨日届いた本のタイトルだ。帯封の一番下に「観る」「識別する」「行動する」という3段階を通じての総合的なエコロジーに関する理解と実践への招き。とある。本の構成もこの三点でなされている。
「ともに暮らす家」が傷つき悲鳴を上げている現実は気候変動によるとされる異常気象、山林火災の頻発など連日ように目にする。第二章の識別にしても信者にとって真新しいことではない。ただ、行動するとなると話は別だ。つまり、聞き流すことはできないのだが…。
分かっているならやってますか?
と返されると胸を張って答えることが出来るほどのことはやっていない。むしろ逆だ。この数日、冷房28℃で寝ることにしている。寝ている時の熱中症というのもあるのだというではないか。「これも必要悪」と合点することに。
「できるだけ外出は控えるように」とも。いよいよ、夏場のエコロジーは無理のようなので涼しくなってから、ということにした。「やっぱりアンタは本気じゃない」と言われそうだが、「ボクも後期高齢者なので」と開き直るのも許されそうなこの頃。何しろ猛暑続きなので。
それにしても、教会の裏山は緑が深く猛暑も何のその、泰然自若、ビクともしない風情が頼もしい。夕方この山超えて芦花部のミサに行く。ともあれ、我が最愛の聖書の庭も悲鳴が聞こえそう。「エコどころではありません!もっと水を!」
お昼前の独り言でした。
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