ドイツに続く韓国ミッションはドイツ同様天気にも恵まれ感謝の2日間

墓前のミサ

撮影フランシスコ2日間の墓参と感謝のミッションを滞りなく終えることができて文字通り神に感謝。もっとも、当初予定した22日初日の墓前ミサは後援会の都合で昨日23日午前11時に変更。墓地はインチョン市内から40分ほどの丘の上。広大な教会墓地の一角は聖職者用になっていて、この一年で2人の司祭がボニファチオ司教様の横に追加されていた。墓地管理者によって黒い日よけが張られていた。丘の上だけあって風が強くしかも肌寒い中、韓国語での讃歌を交えながら6人だけで念願の感謝のミサを捧げることができた。

向こう3年

当初出会った5人が1人も欠けることなく全員が初志を貫いた意義は大きい。実際、5人の生活ぶりを見て他教区の司教さんたちの考えが変わったという。正直なところ、ボニファチオ司教様は快諾されても司祭たちは困惑し、かなりもめたらしい。ともあれ、通常なら、年齢制限のため母国では不可能だった司祭への夢を「鹿児島教区からの留学生」という奇策を容認した唯一の司教さんに対する感謝の念が尽きることはない。そんなこともあって、墓前での命日祭のミサをみんなで3年は続けることにした。

現司教さんにも

木箱入りのザビエル様を贈呈司牧訪問から帰ったばかりの司教さんとの小一時間ほどの面談で聞いたことだ。もともと学校だった建物を再利用したという教区本部は5階建ての立派なもので司教執務室は3階。各教室は様々な委員会の事務所や本部付き司祭たちの居室に変えられた。韓国の少子化は日本以上に深刻で、シスターたちのブランド高校も立ち行かなくなり、子供の比較的多いところに移転を余儀なくされたのだという。ザビエル様の像を進呈して5時前司教館を辞した。

最後の晩餐

新鮮で歯ごたえが違う責任感の強い会長さんは、「一応のけじめをつけたい」という訪韓の意向に痛く感動したのだという。そういうわけで、昨晩は会長さん主催の「ケジメの最後の晩餐」となった次第。那覇にもあるような海産物市場付属食堂で山盛りの刺身定食。会長さん好物のソジュ(甘い韓国焼酎)が何本も運ばれ、ボクとしても久しぶりに堪能した。思い出話にも花が咲き、韓国司教協議会での初対面が2009年だったことが確認できた。直接、話してはくれないが本人たちの8年はきっと大変だったに違いない。1年だけの助任司祭ですぐに小教区を任されるなど鹿児島ならではの現実にもめげずに意欲的なのが嬉しい。言葉の問題など大変だとは思うが頑張って欲しい。

 

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