父の日講演
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二反田川上流のアイガモ
父の日の今日、主日のミサは通常通り。わざわざ、来てくれた鹿児島の友人たちのミサ後のもてなしもそこそこに10時10分から講話。驚いたのは、父親だけかと思いきや、ほぼ夫婦での参加に2階ホールは廊下にはみ出す人も。子育て講演となればつい聞きたくなったのかもしれないが、テーマはいつもと同じ「子育ては個育て」。個はもちろん個人だが、日本ではこの個が問題。というよりも、個が全体の中で埋没することを促すような文化がある。卑近な例は「出るクギは打たれる」。アンケート用紙も配布されたらしいがどんな反応だったのか興味はある。
三位一体の神様は憧れの人格者
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子どもたちの美しさだけが輝くように
前後したが、三位一体の祝日の説教はいつも困る。幸い、箴言の記事は難解でも読んでいて心が和んだ。一つ一つの釈義は容易ではなかったが、頭では理解が難しくても、なんとなく創世記の一章を彷彿とさせて、それで心が和んだ。信仰はやはり頭ではない。三位一体の正三角形のイメージら浮かんだのが三位一体の神さまは「人格者」。私たちの理想。バランスのとれた人柄、円満な人柄。今日も10分で収めた。
「問題」の烙印撤回
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上伊集院駅裏で。駅員さんも名前を知らない
「司祭を入れない問題の施設」の前を通り過ぎるだけの二ヶ月間だった。しかし、訪ねてみると実際は全く問題のない普通の施設だった。個室に上がって、ゆっくりお祈りもできたし、親しい話もできたというのに。正確な情報が伝わらないのはやはり悲劇としか言い様がない。誤解による不正確な情報で「問題あり」の烙印を押してしまっていたことが心苦しかった。
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