涼しくなりそう
高校生のレオ君とピオ君は、ずしりと重たいミサの奉納物、それにシスターと私の荷物を大汗をかきながら担いでくれている。二人は一行の先頭を歩きながらなにやらおしゃべりしている。
時々後ろを振り返って笑い声を上げたりしているところを見ると、きっと珍客の私のことを話題にしているに違いない。昨日のベンゲットダンスのことかな?それにしても、自分の荷物を二人に任せて手ぶらで歩くというかつて受けたことのない待遇に戸惑い、かつ違和感大。
「代るよ」と時々声はかけるのだが軽く笑って取り合おうとしない。シスターはそんな文化になれているようで「気にしなくていいんですよ」というのだが。それでも、15分の休憩の後レオ君と交代した。
いかに平坦で歩きやすい道とは言え、5分、10分と時間が経つにつれ重量感が増してきた。呼吸の乱れに気がついたのか「代りましょう」とレオ君が声をかけてきた。シスターはシスターで「神父様大丈夫なんですか」と気を遣ってくる。
司祭が荷物を担ぐ姿を見たことがないに違いないのだ。ともあれ、「まだまだ大丈夫」と言ったものの15分ほどで交代することに。
前にも書いたことだが、山々の樹木の少なさに改めて驚くと「畑にするため焼くからです」とシスターが言うのだが、どうも腑に落ちない。それなら、広大な畑が広がるはずだが、芋畑になっているのはほんの一握りほどなのだ。やせこけたお年寄が手入れをしている畑の芋は見るからに貧弱で哀れだった。
「向こうでは牛も飼っていますよ。」シスターが深い渓谷の向こうに広がるなだらかな尾根をゆび指した。なるほど、かなり広い範囲にわたって芋が植えられ、その一角に牛舎らしい小屋が見える。畑以外はただの荒れ地にしか見えないけれども牧場ということらしい。
よく見ると芋畑はかなりの急斜面にまで広がり、それは、おそらく60度はあるかと思われた。「あんな急斜面で一体どうして収穫できるのか?」「慣れているから大丈夫です。」シスターは笑って意に介さない。水を汲むのに100mほど下の谷川まで下りないといけない。山の人達の強さの秘密が分かるような気がした。
ここの人達の唯一の開発ば山を焼き、芋畑を広げることだけ。自然に支配されているのではない。人の力を寄せ付けない荒々しい自然に押しつぶされることなく、敢然と立ち向かいながら力強く生き抜いているように見える。むしろ、厳しい環境の中で淡々と生きているといった方がいいかもしれない。
親戚の結婚式に行くという一行に出会った。さっき通り過ぎた村までというからあと1時間は歩くことになる。赤ん坊を抱いた若い母親、ビールのケースや米袋を抱える年頃の女の子達、更に重たそうな俵を担ぐ男性はおそらく父親に違いない。そんな大人達に負けじと一生懸命歩く子どもたち。みんな逞しい!
50年前、おそらく私の村でも普通に見られた光景に違いない。結婚式といえば、隣のつよし兄さんが隣村からお嫁さんを迎えたときのことが脳裏に浮かんだ。険しい峠を越えて2時間近く離れた村で、きれいに装った花嫁さんが戸板に乗せられて運ばれてきたことを思い出したのだ。先ほどの家族を見て当時が彷彿として一種の親しみすら覚えたものだ。
*写真はいずれもグーグルマップから。個人が投稿したもののよう。
*ふんどし小父さんがいたパリーナから真北のバクンに行き、パリーナの東を回って南下する形でバギオに帰ることになる。
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