今は亡き竹山神父さんの添削の入った原稿を修正していくうちに

限りなくバクンに帰りたくなった

これは指宿の空

これは指宿の空

それにしてもフイルム時代の悲しさ、整理の苦手なつけをしっかり味わっている。当時の写真を一枚も捜し出せないからだ。そして今日、一息ついてお昼をとっている時、突然ひらめいた。そうだ!ピーターがいた!早速問い合わせた。

返事はまだないが、当時彼は二十歳の神学生、今では二人の子持ちで50代半ば?パリ-ナの司祭館や周辺の写真を持っているに違いない。どうして早く思いつかなかったのか。FBでよく投稿してくるというのに。

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パリ-ナ遠景だがバクンも似た感じ

パリ-ナ遠景だがバクンも似た感じ

遠目には美しく見えたバクンの村は、近くで見ると実際はとても荒廃した様子で、粗末な家に貧しい服装の子どもたちの姿に、山の生活の厳しさを感じずにはおれない。

教会では、約一年ぶりに迎える司祭をもてなすためのご馳走作りに追われていた。ときどき、やせこけた犬がご馳走をかすめようとして大声で怒鳴られ、しっぽを巻いて台所から飛び出してくる。

日本の、おそらくどこの教会でもそうだと思うが、ここでも例外ではなく、婦人たちの活躍が目立っていた。聖歌の練習が始まったというのに、男どもは知ったこっちゃないというような顔をして、ひなたぼっこをしながらのおしゃべりを止めようとしない。それでも、婦人や子どもたちによる聖歌練習は延々Ⅰ時間ほども続いた。

かつての悪路も37年後こうなった

かつての悪路も37年後こうなった

ミサはすべてこの地方の方言でなされるので信者席で与ることにした。先ほどの聖歌の練習を披露すべく元気な声でミサが始まった。何よりも感動したのは奉納。家でとれた米にエンドウそれにコーヒー豆も、さらにパパイヤにバナナ等

次々と運ばれたので、お金の奉納に慣れている自分としては本当にビックリした。というより、「これが本来の奉納ではないのか」と感動した。

初聖体を受けることになっている晴れ着に身を包んだ7名の子どもたち。緊張した面持ちで祝福を受ける姿が印象的だった。ミサ後二人の赤ん坊の洗礼。神父さんはコーヒーを飲む暇もない。何しろ、一年ぶりに司祭が来たのだから、

1度に沢山のことをこなさなければならい。「大変だね」と言ったら、「パリ-ナに行ったら病人訪問などでアンタも同じことになるよ」と言って笑った。

その日の典礼がすべて終わり、午後からはいよいよお待ちかねの演芸会。正確に言うなら、初聖体に洗礼式のお祝い、何よりも久しぶりに司祭を迎えたので村を挙げての祝賀会ということらしかった。そういうわけで、村中の人々が続々と集まってきて広い庭に溢れた。

この光景は37年前と同じ

この光景は37年前と同じ

神父さんと遠来の珍客である私、それに村長さんと校長先生の四人が最前列の特別席に座り、村人は私たちを取りまくように後ろに陣取っている。「信徒会長あいさつ!」いよいよ祝賀会が始まり、司会者に呼ばれて信徒会長が特設ステージに上がった。なんとホセさんではないか。

神父さんが耳元でささやいた。三人の子どもがいると聞いてまたビックリした。童顔の上小柄、てっきり二十歳ぐらいの若者かと思っていたからだ。なかなかのしっかり者でみんなを束ねる力のある代表らしい。まさに、人は見かけによらない。(つづく)*写真はいずれもパリ-ナ関連。しかし風景はバクンもほぼ同じ。

 

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