久しぶりの鳥撮りウォーキングで感じたのは野生のしたたかさ

  鳥ではなくコースのあちこちで見かける

あの葛のことだが。今は花を咲かせている。歩道にせり出しているモノは踏まれていたりする。冬には葉を落としてしまうが春には青い葉を茂らせる。宿根草の強み。取っても取っても根絶やしに出来ないあのチガヤも同じだが、場所を選ばない。人に頼ることなく徹底して自力で生き抜くいわゆる可愛くない類い。

その強烈な生命力はいじらしいどころではない。「まさに土は呪われているね。」突然、一息入れて立ち上がった父の独り言が、あきらめにも似た自嘲的な姿と共に蘇った。自給自足の時代、畑仕事は雑草との戦いだった。父の言葉というか父が口にした創世記の言葉(3.17)ということになるのだが。父についてよく畑に行ったモノだった。

そんな遠い思い出に浸りながら路傍の草花に潅漑を新たにした土曜の昼下がり。突然、近くの電柱のてっぺんに止まっていたトンビが声を上げた。つやのあるきれいな羽毛が印象的だった。若鶏らしかった。やがてもう1羽が来て少し下に止まった。すると、澄んだピーヒョロロがガラガラ声に変わった。まるで甘えるように喉を鳴らして。

若鳥と言えば、もう1羽にも遭遇した。川の中程の小さな砂州に佇む見かけないシギ。全身黄色みを帯びたきれいな姿をしていた。帰って調べてみたがどうやらキアシシギらしかった。自信がないので友人に調べてもらったらやはりそのようだった。しかも、幼鳥らしいとのこと。なるほど人見知りしないあどけない様子だった。

夏に孵った雛たちがこうして自立していく季節なのか。「K君、よくおしゃべりできるようになったね。」「ホラ、よかったねKちゃん。園長先生に褒めてもらったじゃない。」先生に呼ばれて職員室に入ってきたK君もずいぶんと会話が出来るようになったのに驚いた。自然界と共に子どもたちも実りの秋。

 

 

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