それでも!Blog

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またまた遠い国の話になるが、やっぱり深くナイワケがあるんです。

そしてまたも昔話になるので気が引けるのだが確か、1977年だったと思う。当時ボクは鴨池教会の助任司祭。多くの若者がミサ後司祭館に集まって主任司祭を囲みコーヒーを飲むのがお決まりのコースになっていた。情報交換や四方山話と楽しい交流のひとときだ...
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リンチという言葉は誰もが知っていると思うが日本語では私刑と書く

しかしリンチが人の苗字ということを知る人は少ないと思うそれはどうでもいいことなんだが、いま読んでいる「偉大なる後進国」アメリカ、という本による。リンチという人が始めたからということらしい。そのいわゆる私刑は今も生きているというから怖い。缶ビ...
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美しい山の話の締めくくりが”トイレ騒動”で申し訳ない感じはするのだが

その前に少しおさらいが必要になった日記を頼りに毎日のように書いているが、ふと「何日目になるんだろう」と思って原稿に目をやると、12月17日にバギオから山に入ってパリーナで一泊、バクンで一泊、そしてアンプソガンで一泊ということでまだ三日しかた...
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あちこちで水害の被害が出ているようだがアフガニスタンでは国崩壊

また恐怖政治が戻るのか空港に殺到する人々をみると胸が痛い。民主化したとは言え、汚職など社会的腐敗もひどかったらしい。タリバン復帰を喜ぶ人々がいるというから遠すぎる国の実情は分らない。緑化事業に献身されたあの中村先生が尽くされた国だけに残念だ...
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多湿の指宿から1600m級の山岳地帯に戻ってみることに

涼しくなりそう高校生のレオ君とピオ君は、ずしりと重たいミサの奉納物、それにシスターと私の荷物を大汗をかきながら担いでくれている。二人は一行の先頭を歩きながらなにやらおしゃべりしている。時々後ろを振り返って笑い声を上げたりしているところを見る...
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聖母の被昇天を祝し合わせて深い悲しみにもめげなかった聖母の強さを讃えます

思えば思うほど愚かな指導者達よ!と叫びたいというのも、昨日はヒットラー、今日は沖縄戦のドキュメンタリーと連日見せつけられるとそう思わざるを得ない。しかも、沖縄戦での牛島中将率いる日本軍による悲惨なガマでの殺戮。米国よりも日本軍に怒りを覚えた...
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寄り道が続いたが、軍歌を歌った村長さんの村バクンに戻って披露宴続き。

村長さんが今度は楽器演奏村長さんが一弦の楽器を弾いてくださった。ちょうどチェロを弾くように立てかけて演奏する。キーキーという音色はここの人たちのように遠慮がちでもの悲しい。ベンゲットダンスのあの明るさとはずいぶん違う。しかし、どちらも山の人...
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誰もが悲憤慷慨しているに違いないと思うが例の入管職員の非人道性

いやこれは職員だけを責められないむしろアジアの人々への蔑視による思い上がりによるもので、国民的病の一面をさらけ出していると思えてならない。いきなり37年も前の話になるが、一人で台湾を訪れたときに出会った一人の日本人が思い出された。彼曰く。旅...
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北ルソンベンゲット州から約2000キロ離れた故郷奄美へ

それも1891年から1906年にタイムスリップ突然だがこの二日休んだには理由がある。肩は凝るし食欲もない。もしや、コロナ?土日のシュノ日も楽しめない。当然パソコンに向かう気にもなれない。事態が飲み込めたのは今朝のことだ。肩こりもなくスッキリ...
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1983年12月15日マニラを出てバギオからパリーナ経由でバクン

そして今日19日は結婚式ミサにつづいて結婚式が執り行われた。ここでも真新しいことを目にすることが出来た。誓いの言葉が終わると、結び目のあるロープが二人にかけられ、花婿は両手に持った1ペソ硬貨数枚を花嫁の手のひらに落とす。意味するところは一目...